承認の形骸化は段を減らす前に役割で見分ける
承認の形骸化は、段を減らせば直るのか
内部監査の報告書に承認の形骸化という一行が載っていた。指摘された書式を開くと、どの段の承認も届いてから数分以内に押されています。
ただし、その数分の中身は段ごとに違います。承認の記録が示す意味と、その段が実際に果たしている役割とのずれ方が、段ごとに違うためです。監査の指摘は書式の単位で届きますが、直す作業は段の単位になります。
段を減らせと言われて、どの段なら外してよいのか。見直しを任された担当者が最初に止まるのは、たいていここです。
承認の段は、置いた時点ではそれぞれに理由がありました。ただし、その理由は経路の設定には残りません。残るのは承認者の名前と、押された日時だけです。
承認者が手を抜いているわけでもありません。多くの段では、押すしかない状態で申請が届いています。
対策としてよく挙がるのは、段を減らすことです。効く段はあります。一方で、減らしても直らない段や、減らしたあとに戻せないものが出る段も混ざっています。
本記事では、形骸化した段を役割のずれ方で4つの型に分けます。監査への回答を書く前に、どの段がどの型に当たるかを見ておくと、直し方の候補が絞れます。
承認の形骸化とは、どういう状態ですか
承認の記録が示している意味と、その段が実際に果たしている役割がずれている状態のことです。
承認の記録は、その段でその時点に判断した、と読まれます。読まれ方どおりに段が働いていないところが、形骸化の起きている場所です。
本記事では、次の1件を通し例として使います。営業部から上がってきた展示会出展の稟議で、出展料と装飾の見積を合わせて320万円。この企業の決裁権限規程では、300万円を超える販促費は社長決裁と定められています。出展は年度の販促計画に入っていて、予算は期初の経営会議で承認されています。申込の期限は来月末で、決裁が下りてから申し込む段取りです。
経路は次の5段です。
- 営業部長
- 営業本部長
- 経営企画部長
- 経理部
- 社長
5段とも数分で押されていますが、実際に判断が行われている場所は段ごとに違います。
形骸化した段は、どの4つの型に分かれますか
知っておくための段が承認になっている、判断がワークフローの外で済んでいる、前後の段が互いを当てにしている、判断に要る材料が届いていない、の4つです。型によって直し方が違います。
型 | 記録が示す意味 | 実際に果たしている役割 |
|---|---|---|
知っておくための段が承認になっている | この段で可否を判断した | 予定を把握しているだけ |
判断がワークフローの外で済んでいる | この時点で決裁した | 前に済んだ判断を稟議で確かめている |
前後の段が互いを当てにしている | この段で内容を確かめた | 相手の段が見たと思って上に上げている |
判断に要る材料が届いていない | 専門の観点で審査した | 金額が範囲内かだけを見ている |
知っておくための段が承認として置かれている
経営企画部長の段は、全社の展示会の予定を把握するために入れたものです。出展の可否を決める権限は、規程のどこにも書かれていません。
判断する権限のない人に、承認のボタンだけを渡している状態です。押す以外にすることがないので、数分で押されるのは自然なことです。この型は、承認者ではなく、段の種類の選び方がずれています。
判断がワークフローの外で済んでいる
社長の段は、決裁権者そのものです。ただし、この出展は期初の経営会議で予算ごと承認されています。稟議が届いた時点で、社長が改めて判断することは多くありません。
判断は行われています。行われた時点が、稟議より前にあるだけです。方針を計画や会議で先に固め、稟議で正式に決裁するのは、日本の稟議実務では普通の進め方です。
困るのは、稟議の履歴だけを見ると、どの計画のどの項目を受けた決裁なのかが辿れないことです。監査で出展を決めた根拠を問われたとき、稟議からは決裁の日付しか出てきません。
なお、ここまでは申込が決裁の後に来る場合の話です。決裁より先に申込が済んでしまう場合は、経路ではなく規程の問題に移ります。後の節で扱います。
前後の段が互いを当てにしている
営業部長と営業本部長は、どちらもブースの規模や装飾が妥当かを見る立場で経路に入っています。
部長が中身を見て上げてきたのだから、ここで細かく見直すこともない。本部長がそう考えるのは自然です。部長の判断を信頼しているからこその動き方でもあります。部長の側にも、本部長が最後に見るという安心があります。
同じ観点で2段が並んでいると、それぞれが相手の段を当てにできてしまいます。
判断に要る材料が届いていない
経理部の段では、勘定科目と予算の残りを確かめる決まりです。ところが申請画面にあるのは、金額と出展の目的だけです。予算の消化状況は、経理が会計システムを別に開かないと分かりません。
月末には、同じような販促の稟議がまとめて届きます。予算の残りまで1件ずつ引いていては、その日のうちに終わりません。そうなると、金額が規程の範囲に収まっているかだけを見て押すしかありません。
承認者が判断に使う基準が申請画面に載っていない問題は、稟議の差し戻しが減らないのは、承認する側の判断基準が申請画面に載っていないからで扱いました。差し戻しとして表に出るか、そのまま承認されて表に出ないかの違いで、根は同じところにあります。
4つの型のうち、AIや外部データの連携で手が届く余地が大きいのもこの型です。予算の残りや過去の類似案件を、承認者の画面に並べる形が考えられます。
段を減らせば、承認の形骸化は直りますか
段を外して直るのは、その段の役割を回覧や通知、あるいは前後の段が引き受けられる場合です。決裁権者の段と審査の段は、外すのではなく、段の種類と見る観点、判断した場の記録を変えて直します。
型 | 段をなくすと | 段を残して変えるなら |
|---|---|---|
知っておくための段 | 把握する人がいなくなる。予定の把握を別の手段で持てるなら外せる | 承認から回覧・通知へ。全社の日程や予算を調整する立場なら合議へ |
判断が外で済んでいる | 決裁権者の段は規程上外せない | 受けた計画や会議の決定を、稟議の項目として持たせる |
互いを当てにしている | 2段を1段にまとめれば、当てにする相手は消える。まとめられるかは、規程で申請部門の承認ラインがどう定められているかによる | 段ごとに見る観点を分けて、画面に書いておく |
材料が届いていない | 悪化する。審査の役割ごと消える | 判断に要る項目を申請画面に載せる |
経営企画部長が、全社の展示会の日程を調整して他部門とぶつからないようにする立場なら、回覧より合議が役割に合います。意見を返せる段だからです。合議の位置づけは合議とは?意味・課題・メリットからワークフローでの解決策まで徹底解説で扱っています。
社長の段に持たせるのは、販促計画の項目番号や、経営会議での承認日です。それがあれば、社長の決裁が何を受けたものかを、履歴から辿れるようになります。
部長と本部長の2段は、まとめれば当てにする相手が消える代わりに、見る目が1人分減ります。分けて残すなら、部長はブースの規模と装飾、本部長は他の販促施策との優先順位、のように観点を書き分けて画面に載せます。
なお、形骸化の見直しを段数を減らすところから考えると、削る候補に経理の段が挙がることがあります。そこを外すと、予算を見る人が誰もいなくなります。押し方が形だけになっていても、その段が担っていた役割まで消えていたわけではありません。型を分けるのが先で、段数はその結果として決まります。
段を変える前に、戻せないものはどれですか
外していた期間に事前の確認がなかったことと、執行が決裁より先に済んだ案件です。経路そのものは設定なので戻せます。
直せるほうは、経路です。外した段は後から足し直せます。その代わり、変えたこと自体の記録が要ります。監査で問われるのは、経路をいつ、誰の承認で変えたかです。承認経路の変更をIT全般統制の変更管理の対象に含めている企業もあります。どちらの枠で扱うかは、内部統制の担当に確かめておきます。
直せないのは、外していた期間の申請が、事前の確認を経ずに決裁されたことです。その期間の申請を後からまとめて確認し、補う形で説明することはできます。ただし、後からの確認は、決裁前の確認の代わりにはなりません。
経理の審査のように、職務分掌の上で牽制として置かれている段は、ここが重くなります。内部統制の評価で統制として扱われている段なら、外す前に内部統制の担当と話しておきます。年度の途中で外すなら、評価の範囲がどう変わるかも同じ場で確かめます。
もう1つ戻せないのが、執行が決裁より先に済んだ案件です。通し例で、申込の期限が決裁より先に来ていたとします。期限に合わせて申し込めば、社長の決裁は申込の後に回ります。決裁の場で差し止めても、申込の負担は残ります。
ここは経路の組み替えでは届きません。規程の側で事後の稟議を認める条件を定め、認めた1件は例外として記録に残します。規程の1行がワークフローのどこに落ちるかは、決裁権限規程の1行は、ワークフローの4か所に分かれるで整理しています。
型を当てる前に、誰に何を聞きますか
どの段がどの型に当たるかは、経路の設定を眺めるだけでは決まりません。聞く相手は3つに分かれます。
承認者本人に聞くこと
- その段で、承認する前に何を見ているか。見ていないものは何か
- 差し戻したいと思いながら承認したことがあるか。そのとき何が足りなかったか
- 前後の段の人が、何を見ていると思っているか
規程の管理者に聞くこと
- その段の承認者は、規程で承認者として定められているか。慣行で入っているだけか
- 計画や会議で決まった案件を稟議に上げるとき、決めた場の記録をどう残す決まりになっているか
- 事後の稟議を認める条件が、規程に書かれているか
内部統制・監査の担当に聞くこと
- その段は、内部統制の評価で統制として扱われているか
- 経路の変更は、変更管理の対象になっているか
- 段を外すなら、外していた期間の申請をどう説明するか
通し例の経営企画部長の段なら、4つ目の問いで型が決まります。規程で承認者として定められていなければ、知っておくための段が承認になっている型です。
経路の設定と承認の履歴から分かるのは、段の並びと押された日時までです。承認者がその段で何を見ているかは、承認者本人に聞かないと分かりません。4つの型のどれに当たるかも、最後はこの聞き取りで決まります。
まとめ
承認の形骸化は、承認者の意識の問題ではなく、承認の記録が示す意味と段が実際に果たしている役割がずれた結果として起きます。
- 形骸化とは、承認の記録が示す意味と、その段が実際に果たしている役割がずれている状態
- ずれ方は、知っておくための段が承認になっている、判断が外で済んでいる、前後の段が互いを当てにしている、判断の材料が届いていない、の4つ
- 段を外して直るのは、その段の役割を回覧や通知、前後の段が引き受けられる場合。決裁権者と審査の段は、種類と観点と記録を変えて直す
- 材料が届いていない段を外すと、審査の役割ごと消える
- 経路は後から戻せるが、変えたこと自体の記録が要る。外していた期間に事前の確認がなかったことと、執行が先に済んだ案件は戻せない
段を減らすかどうかを決める前に、その段が何のために置かれたかを確かめる。そこから直し方が決まります。
よくある質問
承認にかかった時間が短ければ、形骸化していると言えますか
時間だけでは決まりません。知っておくための段や、計画で承認済みの案件の決裁は、短くて当然だからです。手がかりになるのは、その段で差し戻しやコメントが一度も出ていないかどうかと、承認者がその段で何を見ているかの聞き取りです。時間は、聞き取りの対象を絞るための目安として使う形が現実的です。
承認の段を回覧や合議に変えるとき、規程も変える必要がありますか
その段の承認者が、決裁権限規程で承認者として定められているかで分かれます。定められているなら、規程の改定が先です。慣行で入っているだけなら、経路の設定を変えれば済むことが多くなります。どちらの場合も、変更そのものの承認と記録は残しておきます。
AIを使えば、承認の形骸化は防げますか
型によって届く範囲が違います。判断の材料が届いていない型には、予算の残りや過去の類似案件を承認者の画面に並べる形で効く余地があります。一方で、判断が外で済んでいる型や、前後の段が互いを当てにしている型は、段の役割と記録の置き場所の問題です。AIを入れる前に、どの段がどの型に当たるかを分けておくと、効かせる場所を選びやすくなります。